アフリカでB型肝炎など、ウイルス性肝炎対策にとりくむ島川祐輔先生に、ご研究の成果について寄稿していただきました。本記事は、その2回目です。
前にも書きましたが、アフリカにおいてB型肝炎の慢性キャリアの治療が進まない大きな理由として、治療の適応を判断するのに必須の「ウイルス量検査」ができないことがあげられます。
一般にPCR法を用いてB型肝炎のウイルス量を調べますが、この検査はアフリカにおいて非常に高価で(¥4,000~¥20,000)、また実施できる医療機関も限られており、都市に住む一部の富裕層以外は、なかなか受けることができません。このような障壁を乗り越え、治療を必要とするアフリカの多くの慢性キャリアの人々に治療がいきわたるようにするためには、PCR検査に代わる、安価で簡易な検査が必要です。
今回お話するコア関連抗原(HBcr抗原)も、日本で生まれた「Made in Japan」の技術です。
血中のB型肝炎ウイルス量を調べるPCR検査は、抗ウイルス薬治療を開始する前のB型肝炎ウイルスの活動性の評価としてとても有用です。実際、今すぐ治療を開始すべきかどうかの判断の指標の一つとして、PCR検査は行われます。しかし、いったん治療を開始してしまうと、肝臓の中に潜むウイルスの活動が仮に続いていたとしても、ほとんどの患者さんで血中のB型肝炎ウイルス量は大きく低下してしまいます。つまり、治療中の患者さんにおけるウイルスの活動性の評価としては、PCR検査はあまり役に立たないのです。
そのような背景の中、コア関連抗原は肝臓の組織中のB型肝炎のウイルス量を反映するといわれており、また抗ウイルス薬治療の直接の影響を受けないため、治療開始後の患者さんにおけるウイルスの活動性の評価として、日本を含め先進国で近年、大いに注目されるようになりました。
コア関連抗原の測定は、PCR検査よりも技術的には簡易であることから、私たちは治療開始前の患者さんであっても、PCR検査が普及していないアフリカのような地域では、PCR検査の代わりとしてコア関連抗原が重宝するのではないかと考えました。しかし、アフリカの慢性キャリアの患者さんでのコア関連抗原のデータは皆無でしたので、まずは、西アフリカ・ガンビアの無治療の患者さんから採取された血液検体を用いて、ガンビアMRC研究所、インペリアルカレッジ・ロンドン、東芝病院、富士レビオと協同で、コア関連抗原を測定しました。そして、その値がアフリカの患者さんにおいても、血中のB型肝炎ウイルス量と非常によく相関することを示しました(論文1)。
続いて、コア関連抗原について報告した世界中の論文を、システマティック・レビューという方法を用いて洗いざらい見つけ出し、該当するすべての論文執筆者に、論文中で使ったデータを共有してもらえないか依頼しました。多くの研究者が快くデータを共有してくれました。最終的に、13か国、60の論文で使われた10397人分のデータを解析して、コア関連抗原が、ウイルス量の高い患者さんと低い患者さんを判別するのに有用かどうか検討しました。結果、ウイルスの遺伝子型(ジェノタイプ)や研究の実施された国に関係なく、治療前の患者においては両者に非常によい相関があり、コア関連抗原が高ウイルス量の診断に有用であるという結果を得ました(論文2)。
ここまでの研究では、いずれも採血した血液から、血清を分離し、それを特殊な装置に入れてコア関連抗原を測定していましたが、中低所得国ではこのような装置がないか、あっても限られているため、患者さんから採取した血液を装置がある検査センターまで送る必要があります。また、血清を送るとなると、冷凍保存してから送る必要があり、手間もコストもかかり現実的ではありません。
血清に代わる血液検体として、私たちは「乾燥ろ紙血」に注目しました。指先を小さな針で刺し、血液を数滴、ろ紙の上に垂らし、その血液を乾燥させれば、室温での保存が可能で、郵便で簡単に送ることができます。そこで私たちは、パリのサンルイ病院と富士レビオ社の協力を得て、ろ紙の上で乾燥させた血液からでもコア関連抗原が測定できるか検証しました。そして、治療適応となるようなウイルス量の高い患者さんからの血液であれば、ろ紙血でも十分診断できることを示しました(論文3)。
今後は、熊本大学消化器内科学・田中靖人教授や、ブルキナファソの国立ミュラーズ研究所のドラマン・カニア先生の協力のもと、コア関連抗原検査をより簡易に実施できるよう、アフリカの現場での研究を推進していく予定です。
日本の技術でアフリカの肝炎患者を救えるようになるにはまだ長い道のりですが、最初の一歩となるものと確信しています。最後に、アフリカの(ものとされる)有名なことわざを引用して終わりにしたいと思います。
If you want to go fast, go alone. If you want to go far, go together.
早く行きたいなら一人でいくといい。遠くへ行きたいならみんなでいくといい。
島川祐輔
医師・疫学専門家(パリ・パスツール研究所、熊本大学客員教授)
(関連記事)LAMP(ランプ)法 〜 日本の技術でアフリカの肝炎患者を救う(その1)
論文はこちら:
論文3)Analytical validation of hepatitis B core-related antigen (HBcrAg) using dried blood spots (DBS)