コロナ禍はサハラ以南アフリカにおける肝炎対策にも大きな影響をあたえています。コロナ禍でのサハラ以南アフリカ諸国における肝炎対策のおかれた厳しい状況について、Lancet Gastroenterology & Hepatology誌に掲載された論文を和訳して紹介します。(印刷用PDFはこちら)
COVID-19パンデミックがサハラ以南アフリカの肝炎対策に与えた影響
2020年9月17日
Lancet Gastroenterology & Hepatology誌
COVID-19の全世界的流行を食い止めるため、国際的な取り組みがなされている。その一方、多くの医療資源がCOVID-19対策に注がれてしまうことで、各地域において以前から問題となっていた疾患への対策がおろそかになってきており、それは低中所得国において特に顕著である。中でも、ウイルス肝炎が広く流行しているサハラ以南アフリカにおいて、肝炎対策が受けた被害の大きさは憂慮すべきである。
私たちは、B型・C型肝炎に感染している患者の外来受診者数が、COVID-19のパンデミック前とその最中とでどのように推移したかをサハラ以南アフリカの3カ国において調査した。ブルキナファソ(ワガドゥグーのヤルガード・ウエドラオーゴ病院とボボ・ディウラッソのスロ・サヌー病院)、タンザニア(ダルエスサラームのムヒンビリ国立病院)、ガンビア(ファジャラのMRCクリニック)において、2020年1月1日から4月30日の期間に、B型・C型肝炎の持続感染の診断で受診した新規患者とフォロー中の患者の数を、さかのぼって数えた。また、各医療施設の代表者に、一連の診療の流れの中、特にどの部分において混乱が起きたか、そして何が原因と考えられるか、について、定型の質問票(付p.1-3)を用いてたずねた。
2020年1月から4月にかけて、肝炎クリニックにおける月ごとの患者数は大きく減少していた。新規患者数でみると、ブルキナファソで71%、タンザニアでは91%、ガンビアでは83%の減少、フォロー中の患者数では、ブルキナファソで73%、タンザニアで77%、ガンビアで89%減少した(付p.4)。季節的な変動の可能性を除外するため、前年(2019年)の同時期の受診者数の推移についても検討したが、2019年の1月から4月にかけて症例数は変動していなかった。
受診者数が減少した理由として現場の医師があげたのは、クリニックにおいてSARS-CoV-2に感染してしまうのではないかという患者の恐怖心であった。外来患者数の減少は2020年2月には始まっており、これは、各国において最初のCOVID-19確定症例が発生した時期(2020年3月の第2-3週)や各国政府による外出制限などの公衆衛生対策が実施された時期(2020年3-4月)よりも先行していた。ブルキナファソでは、病院における肝炎診療が継続され、患者に通院を続けるよう促していたにもかかわらず、慢性肝炎のために定期受診していた患者数は、この期間中、一貫して減少した。また、タンザニアとガンビアの場合、肝炎クリニックは2020年3月末にCOVID-19の感染流行にそなえて一時閉鎖され、そこで診療に当たっていたスタッフの多くがCOVID-19への対応準備のために配置換えとなっていた。肝炎診療に不可欠な各種検査のうち、HBs抗原の迅速検査、生化学検査(GOTなど)、血算についてはいずれの国においても混乱なく実施された。しかし、HBV-DNA量、HCV-RNA量など核酸検査については深刻な不足が生じていた。さらにブルキナファソにおいては、国際便の運行停止によりC型肝炎の抗ウイルス薬の供給が途絶え、一時的に処方・内服ができなくなった。この間、いずれの国においてもCOVID-19の流行は小規模で、それ自体の直接の影響で医療崩壊が起きたというよりは、COVID-19の間接的な影響により多くの肝炎患者で診療の継続が中断されてしまった。
サハラ以南アフリカにおけるウイルス肝炎対策の混乱は、今後長期にわたって患者さんに悪影響を及ぼす可能性がある。この間、新たにHBs抗原やHCV抗体が陽性であると診断され人たちは、精密検査を受けて抗ウイルス薬の治療を開始するという機会を失った。また、すでに抗ウイルス薬の治療を受けていた人たちの多くで治療の中断が起こってしまった。さらに、COVID-19パンデミック以前(2020年1月)とパンデミック期間(2020年4月)を比べると、外来患者の相対的な減少割合は7割を超えており、この減少率は、2014年のエボラ出血熱の感染爆発の際に西アフリカで記録された、日常的な医療サービス利用の減少率(18.0%、95%信頼区間9.5%-26.5%)よりも遙かに大きい。2014年のエボラ感染爆発では、その間接的な影響によりワクチン接種率の低下や、HIV・結核などの治療が中断したが、これらの弊害として起こった「エボラ以外」を原因とする死亡者数の方が、エボラ自体の死亡者数よりも最終的に大きかったことが示されており、低中所得国において、いかに日々の医療サービスを維持することが大切であるかを物語っている。
近年、サハラ以南アフリカにおいて肝炎対策は大きく進んだ。安価で簡易な迅速診断検査と低価格化が進んだ抗ウイルス治療薬を利用できるようになったおかげで、ウイルス肝炎の排除(エリミネーション)は低中所得国においても現実的な目標となってきていた。しかし、見通しは有望であっても、ほとんどの低中所得国において肝炎対策プログラムは国の支援を受けておらず、きわめて限られた資源の中での運用が続き、非常に脆弱であることを理解する必要がある。今回のCOVID-19パンデミックは、その脆さ、そして、より革新的で持続可能な肝炎対策の実施が喫緊の課題であることを鮮明に浮かび上がらせた。COVID-19パンデミックの中、肝炎対策がないがしろにされないよう、国際社会はこの問題に強く関心を持つ必要がある。
著者
モード・レモワン、キム・ジン・ウン、ジブリル・ンドウ、スレイマン・バー、カレン・フォレスト、ジョン・ルウェガシャ、マリエル・ブヨウ、デルフィーヌ・ナポン、アポリネール・サワドゴ、ロジェ・ソンビエ、島川祐輔
“Effect of the COVID-19 pandemic on viral hepatitis services in sub-Saharan Africa”
by Maud Lemoine, Jin Un Kim, Gibril Ndow, Sulayman Bah, Karen Forrest, John Rwegasha, Marielle Bouyou, Delphine Napon, Sosthene Somda,
Appolinaire Sawadogo, Roger Sombie, Yusuke Shimakawa
https://www.thelancet.com/journals/langas/article/PIIS2468-1253(20)30305-8/fulltext